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マドレーヌの日誌~depuis1999~

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宮崎駿さんが震災復興の構想を練ってくれたらと勝手に思った話

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作家の高村薫さんがテレビで、

”震災はその以前の問題をより顕在化しただけである”

”東北の震災以前の問題、進む少子高齢化、過疎化、農家の跡継ぎがないなどは、以前と同じものを作ることで解決しないだろう。ましてや今回は原発の恐怖がある。ただ以前と同じものを作っても、器を作って中身が無いことになる可能性が大きい。国民は言葉にできないまでも、もうそれに気がついている…”

というようなことをテレビで話されていました。

”長い未来、人々の本当の幸福を考えなしに話を進めてはいけない。だが、日本の政治家はそれを分かっていない”というお話でした。

それを聞いたとき、「虫眼とアニ眼」という宮崎駿さんと養老先生の対談本の冒頭にある、宮崎さんが理想とするまち作りのイラストが浮かんできました。私はそのイラストと町が大好きで、当時は今の世の中ではゼロからじゃないと実現不可能だと思って、憧れながらも諦め気分で眺めていました。




宮崎駿さんが復興の構想を練る人になってくれたらと考えるとそれだけで言葉にできないモヤモヤが晴れる感じがして、あぁこの感じ、希望が持てる感じを日本人全体が持てるようにまずならなければいけないということを高村薫さんはおっしゃっているのかもしれない、と思いました。

宮崎駿さんの構想の町は本当に素敵でした。無機質じゃなく血が通う感じで、住みたくなる町です。

”すぐ役に立つものはすぐに役に立たなくなる”という灘校銀の匙授業の先生の言葉がありますが、全て物事はその通りだと言うことが最近の日本人にはうっすら分かってきています。

長い眼で未来のある復興というのは、そこにキーワードがあるような気がします。
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”今回は阪神大震災のときとは違う”という高村薫さんの危惧していることは、今のままだときっとその通りになってしまいそうで急に心配になりました。とくに政治家の様子を見ていると不安になってしまいます。

東北の人たちは都市部の人と違い色んなお年寄りが身近にいて育つ人がほとんどです。昔のいい家族の雰囲気を残しているから、そういうよさを土台にした、そういう空気を維持できる復興を模索して、その場を離れた人たちも「またここに住みたい!戻りたい!」と憧れる、人を呼ぶ町になるといいなと思います。日本が失ったよいものを再生できるチャンスの場にすることで、新しい東北が生まれるような気がします。

沖縄のように、お年寄りと子どもが幸せそうだと、その間の年齢の働き盛りの人たちはその幸せそうな顔を見続けるためにがんばって働くことに幸せを感じるそうだし、東北もそうなるとあの雄大な自然のような、大きな人間がさらにたくさん育つ場所になって、明るい未来が描けそうです。若い人たちが皆都会が好きというのは誤解です。

未来が描けて希望が見えてくれば、困難は克服しよう、できる!という思考になります。

今の政治家の話は「そういうことならば今は辛いがその未来の実現のためにがんばる!」という気持ちを起こさせてくれない。それが不満で不安なんですよね。

拙い文章で上手く思いが書けませんが、私も結婚して本籍が東北になった人間で、東北が大好きなものですから、つい色々考えてしまいました。

宮崎駿さんが復興の構想を練ってくれるなんていうことは夢の夢でしょうか。ジブリが復興に協力となったら楽しみになり、瓦礫撤去も受け入れ先が増えて速やかに進んだりとか、考えれば考えるほど現実にそういう話が話題に上ってもいいような気がしています。

勝手な思いつきを長々書いてすみません。

今日は焼き仕事しながらこんなことをつらつら考えていました。どうしても吐き出したかったので、Mさんにも聞いてもらい、ブログにも書いてしまいました。
by made-sato | 2012-03-20 17:47 | 日誌/お知らせ
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